2019年07月31日

皆 集まれ~!


 5組同窓生・石本くんは、今でもソフトボールの現役選手で
シニアソフト県大会で優勝したりしている。



その彼がお盆に皆で「飲もう!」と呼びかけている。

野球部にいた彼。
LINEでは、当時の選手話で盛り上がったりしている。
原文由くん。(7組)
皆さん、覚えているだろうか?

前橋町のお銭湯の息子さんだった。
私も幼稚園から小学校1年生まで八幡町に住んでいたので、
家にお風呂がなかったので、よく通った。

お父さん、お母さんのこともよく覚えている。

原くんは野球部では、すごい選手だったらしい。

石本くんも当時ショートを守って、素晴らしい活躍をしたそうだ。


そんな部活動の話で盛り上がるのも楽しいね。


ということで、
皆さんへお知らせです。

日時: 8月17日18:00~
場所: しみずや
参加する方は、しみずやさんへ直接連絡してください。

しみずやさん
0265-72-5007
牧田くん(6組)のお店です。


召集している私は参加ができません・・・・・・(ごめん)
今、区の三役・会計の仕事をしていて、
この日は区の会議が夜に開催され
そちらに出席せねばなのです。

8月11日にはお墓掃除に伊那に行くんですけどね。
残念です。

でも、皆さんは生ビール&焼肉で盛り上がってくださいね~!!!
また報告お待ちしてます。




2019年07月24日

高校野球で盛り上がった


 今週の日曜日 夏
高校野球・長野県大会決勝

伊那弥生ヶ丘高校vs飯山高校

結果は、飯山が延長の末、サヨナラで勝った。
伊那弥生ヶ丘高校は我が母校。
そのころは女子高だったから、野球部なんてなかった。

だから高校野球とは言っても、自分とはあまり関係の無い世界
せいぜい高校生の頃に東海大相模の原選手が
松本にやってきて、松商と試合して
それを観戦に行ったくらい。
(しっかりミーハーしてたじゃんか!!) ^^

この日、伊那中学校のLINE仲間の皆さんと試合中
盛り上がった。

もちろん、高校の同級生達とも別グループで盛り上がっていた。

中学同窓生とは高校は違うんだけれど、同じ伊那の高校。
馴染みも多かろう、
もしかしたらお子さんが通っていたかも?
ということで無理矢理一緒に応援してもらった。

6回の弥生の攻撃の際には、「いける!」と
一人、興奮していた。

もしあのまま勝っていたら甲子園に応援に行っていただろうか・・・・・?

そんな異様な興奮をもたらしてくれた高校野球。

後輩くんたち、よく頑張った。
残念だったけれど、県大会で決勝まで進むなんて
快挙だよ。

今も弥生は女子学生の数の方が多いと聞いた。
ちょっと男子生徒達は肩身の狭い思いをしているのかな?

試合後、一人でビールで残念会をした。
もし私が伊那に住んでいたら伊那の街へ繰り出していただろう。
一緒に感動を分かち合えなくてちょっと寂しかった。

もうすぐお盆
お墓掃除&お墓参りに伊那へ行く。




2019年03月24日

お彼岸日和でした


 3月24日(日) 春のお彼岸ということで、伊那までお墓参りに
母とダンナとで行ってきました。

朝は冷え込んで寒かったのですが、日中は日差しも暖かく
お墓参り日和になりました。

お墓のある場所は、水神橋を渡った中央区側
小高い丘の上にあります。

父が亡くなった際に建てたもので、このお墓には
父しか入っていません。

伊那に来るのも久しぶり。昨年末以来です。
皆さんも伊那に実家があったり、お墓があったりすると
帰郷するでしょうが、やはり足遠くなっちゃいますよね。

母も86歳。
友達が伊那市にいるので、その方のお宅に寄り、
母の元気そうな顔を見てもらいました。

皆さん、本当にお元気そうでなによりです。
昭和一桁生まれの人達が一番長生きで、元気な気がします。

これ以降、どんどん日本人の平均寿命は短くなってゆくような気がします。
贅沢したり、食生活が豊かになって栄養を取り過ぎだったり、
ストレスがあったりで
昭和一桁の人達をピークに、また寿命は縮まるような気がします。

私達が老人になった時、今ほど85歳なんていう数字は出そうにない気がします。

私達が小さい頃は、チクロとか人工甘味料なんて騒がれて
からだによくないものが多かったからねえ~・・・・。
長生きできるはずがない!


季節はようやく春。
花々が一斉に芽吹き、咲き出します。
梅は咲き出しましたね。
遅い信州の春もようやくやってきました。

またぞろ、飲みたい心が騒ぎだします。
もう少し暖かくなったら、伊那へ繰り出そう~!





2019年03月10日

牛伏寺で厄落とし


 2月25日に松本の牛伏寺に厄落としに行ってきました。

この牛伏寺、中学校の時にバス見学で行った。
境内に牛の銅像があった。



本願の日は1月15日。
それから1カ月以上も経って、しかも月曜日の平日。
厄落としをする人もそんなにいないかな~?と行ってみると
11時半からの回にお願いしたのは なんと、私一人!

広い本堂の中で私一人だけのために
お坊さん達二人もお祈りしてくれている。

私のためだけに祈ってれている。
厄落とし一人用の祈願代金7000也なんだけれど、
なんだかすごく得した気分。



護摩を焚き、炎が天井にまで上る。

私の厄、天に登れ~!!

60歳で一応、厄はおしまいらしい。
しかし、それは人生60年くらいの時の話。
今は平均寿命80年以上。
あとの20数年、厄災は無いのだろうか?
もう少し延長したほうが良いような気がする。

まあ、60歳の厄払いはできたわけ。
今年一年は無事に過ごせるかな?

皆さんも厄払い しっかりしたほうがいいですよ。
健康も神・仏頼みです。



2018年12月22日

決戦は今夜


12月22日。

今日は伊那へ出掛けてゆく。
織井くん、小池くん、中村くんとの飲み会の日。

久しぶりの伊那である。
実は同窓会幹事打ち上げ以来4ヶ月ぶり。

どんな会になるのか、自分自身もドキドキ・・・・・。


さあ、決戦は今夜!

マーチンは、しみずやの階下で聞いてよかな、と言ってたけど?


また報告は明日。




2018年11月30日

で、話って?


 22日の出演者と出演するわけはわかったけれど、
肝心な話の内容って???

と、気がやきもきしている人多しなのかな?

それはやっぱり本人と直接話さないとね。
ここで言ってしまっては、集まる意味がないわけよ。

なので、気になる人は22日に来ます?
障子の蔭からそっと聞き耳をたてる?

ここまで話しておいて、って気もするけれど
ここまで引っ張っておきながら
全く大したことない話だったりしてね。
(世の中、往々にしてそういうことが多い)

予告編は大袈裟じゃないとね。
盛り上げないとね。
楽しみは倍増。

しかし、本人的にはこんなにハードル上げてどうするよ?
って感じ。
ホント、大した話じゃないから。
「えっ?もう終わり?今のがその話なの?」
と、拍子抜けかも。
(その可能性の方が大かも)


さあ、明日から12月。
体調整えて22日に臨まねば。

どうしても気になる人は、個人的にメールでお問い合わせください。
夜露死苦!!



2018年11月29日

さあいよいよOくん 登場

 なんだか鳴りもの入りみたいな登場で、
期待を一身に背負ってしまっているみたい・・・・・。

でもね、肝心の話したい内容は、ここでは披露するわけにはいかない。

なので、前段のみ。


Oくんは、小学校の頃から(いや、幼稚園時代からかな?)
昨日のHくん、幹事に参加してくれたIさん同様
頭脳明晰、スポーツ万能、学級委員長を務めるリーダーシップ
と、いわゆる「よくできた子」だった。

が、残念なことに私はOくんとは全くと言っていいほど接点が無く、
話したことすらなかった。
遠くから 「ああ、Oくんね」と、その存在を知っているくらいだった。

が、そのOくんが今回の同窓会で
私に話しかけてくれた。
(以前にもここで言ったことがあった)

「ブログ、毎回読んでいるよ。」
「この同窓会が成功したのも皆、船木さんのおかげだよ。」

まさか「あの」Oくんに話しかけられるとは!!
彼の人生の中で、私の存在など「無」に等しいものだったろうに。
今は、しっかりと「船木」という名前が彼の頭に刻まれている
という事実に愕然となった。
(いい意味でね)

そんな言葉をかけられた際の私は、顔では平気そうな表情だったが
心の中はびっくり!で、本当に焦った。

あんまりへんちょこりんなことを口走っても、と思い
「ほんと?ありがとう」
てな、返事をしたんだと思う。


こういう感情って、皆さんもわかってくれるだろうか?
例えば、芸能人が突然、目の前に現れて
私の名前を呼んでくれるような・・・・・・
(う~~~ん、あんまりいい例えじゃないなあ・・・・)

全く別世界の人だと思っていた人が突然目の前に現れたような・・・・
(こっちの例えの方があたっているか)

って言うと、きっと
「僕はそんなたいした人間じゃない。」と言うだろう。
そう。よくよく考えると、同じ同窓生で、そんなに特別視することもない。
声をかけられることも普通のことだし、なんてこともない。

今は確かに普通のおじさんで、おばさんだ。

だが、小学校時代、中学校時代は
彼らは遠くの存在だったのだ。
憧れとか、そういう感情ではなく、自分とは違う世界にいる人達。
そんな遠くの異星人のような人達と気軽に話ができる「今」に
驚くのだ。

私は小さい頃から人見知りで、なかなか人と打ち解けることが
できない子だった。
長じて、大人になり、社会に出て会社人になってからは
そんなことも言ってられず、
ずいぶんと図々しい、誰とも気軽に話しができるようになったけど。

だからよけいに、小中学校時代の他のクラスの人達とは
線を引いていたんだと思う。



今の自分なら、
幹事長という傘の元、
黄門様の印籠の如くに「幹事長」という名前をひけらかし、
そのいきおいで誘うことができる!


『幹事長』
ひとつくらいは、特権を使ってもいいかな、と思う。
幹事長をやったからこそ、できること。
そのひとつが今回の集まりなのだ。

もう既に気付いていると思うけど、
「Oくん」
織井くんだ。




2018年11月27日

学年の『顔』

学年ごと、「顔」となる人っているもの。

誰が言い出したわけではないが、何となく皆が知っていて
皆が認めている人。
そんな人がその学年の「顔」となる。

一つ上の学年だと、Miさんとか、Maさんとか?
だいたい生徒会長をされた人や、スポーツができた人とかが多い。


私達の学年の「顔」って?

地元で何となく言われている人物がいる。

それは、Hくん。

私達の学年ならば誰でも知っているHくん。
小さい頃からお勉強もでき、スポーツ万能で
背が高くて、スラリとしたイケメン。
完全ジャニーズ系。

これで、下級生達からモテないわけはない。
かなりモテたんだと思う。

今は、地元の企業に勤めていらっしゃる。

前回の同窓会の幹事にHくんは参加してくれた。
それで何度か幹事会で一緒に飲む機会があり、
こんな話を聞かせてくれたのだ。

「自分は『Hの学年ね。』と言われるのが凄く負担だったんだ。」

「自分はそんな風に言われる人間じゃないし・・・
 重いよ。」
と。

自分の同級生の話をすると、他の学年、特に上級生の人達から
「ああ、Hの学年の人のことね。」と、言われ続けてきたらしい。


地元にいて、地元の上級生達から寄せられる
期待とも、責任とも言えるプレッシャー・・・・・・・

『Hの学年』
もし、自分が何か悪いことをしたらその学年全体が悪いことになってしまう。
なんだかがんじがらめな抑圧・・・・・・・・


その他大勢的な存在だった私にはわからない環境なんだろう。

お気楽な私は、この言葉を聞いた時、
「頼まれたってそんなこと言ってくれないのに、贅沢な悩みだなあ・・・」
と、ちらっと思った。
確かに過大な期待は重いし、ともすればストレスになったりする。
充分わかることだが、反面羨ましいとも思う。


もし、自分がそんな存在になったとしたら、
開き直っちゃうかな?

「そうです。私が『船木さんの学年』と言われている船木です。」

そして、もっと目立つようなことをしちゃうかな?
まあ、こんな私だからそんなことを言われることは絶対ないんだけどね。



前回、今回 幹事会に小学校の頃から
学級委員長、生徒会長をやって、頭脳明晰、スポーツ万能な方が
参加してくださり、お話する機会をもった。

その全ての皆さんが人間的にも素晴らしく、性格も素敵で優しくて、素直で
何の嫌味も無い。

漫画に出てくる生徒会長的な奴って、
青なり瓢箪で、イヤミな奴が多いのに、
そんなかけらもない、非の打ち所のないくらいいい人達ばかりなのだ。

そりゃ、神様 不公平だぜ!と言いたいくらい。

もちろんHくんも、そんないいやつだった。


私はHくんからこの話を聞いた後、思ったことがある。

皆から『Hの学年ね。』と言われているのならば
それを本当のことにしちゃおうよ!と。

同窓会幹事長をHくんにやってもらおうと考えたのだ。

そうすれば、実質『Hの学年』になるし、
同窓生の皆さんも「ああ、彼が幹事長ならば」と納得できるし。

何よりもHくん自身の自信になるかな、と思ったのだ。

私は言いたかったのだ。
「私達の学年は『Hくんの学年』と呼ばれることに対して、何の抵抗も無いし、
実質そう思っているよ。」と。
「だから、幹事長をやってよ。」と。


残念ながら今回の同窓会にHくんは参加をしてくれなかった。
もちろん、クラスの幹事もやってくれなかった。
私も最初、何度か誘ったのだが、お返事はもらえなかった。

あまりしつこく言ってもとは思うが、
いつかブログというかたちではなく、
Hくん本人に直接、この想いを伝えられたらな、と思う。

そんな日がいつか来るんだろうか?

いやいや、想いは思い続ければいつかは通じると信じている。




2018年11月26日

お次はN君の巻

 話し出すと止まらない。

小池くんから長文のお手紙をいただき、その中に
同じクラスだった「小木曽」くんの消息を尋ねた内容が書かれていた。
彼は今どこに?

小木曽くんは伊那北高校出身なので、現在そこで教師をしている
Fくんに尋ねた。
少し経ち、Fくんから小木曽くんの現住所を教えてもらうことが出来た。

早速、小池くんにお知らせした。
なんでも、同様に同じクラスのNくん・中村くんも探していたとか。

お知らせしたてしばらく経ってから、今度は中村くんから
私に電話が来た。
小木曽くんの連絡先を調べてくれて、ありがとうのお礼の電話。

いやいや、私はただFくんに訊いただけだけど・・・・・・。
なんだかそんなお礼を言われちゃうと恐縮しちゃう。

電話での会話。

中村くんと言えば、中学時代はバスケ部で
花形だったバスケ部メンバーは学年の中でも花形的な存在。
家が近くだったこともあったり、保育園が同じだったりで
その頃からよく知っていた。

逆に中村くんは私のことなど、知らないと思っていたら
なんとなく中学時代の私の記憶はあるらしい。

そんなことで、今回の伊那での飲み会に
小池くん、中村くんを誘ってみた。

中村くんも、先日の同窓会に参加してくれて
昔の仲間と今後は連絡を取り合ってゆきたい、と言っていたようで
誰しも年を重ねるとそういう気持ちになるのかなあ。



てなつながり。

実際には、小池くんも中村くんも中学時代、私は話したことはない。
接点がまず無かった。
クラスは違うし、クラブ活動も違うし、高校も違うし。
そんなメンバーが集まり、私は」どんな話しをするのだろうか?
話しは合うのだろうか?
そもそも私との共通の思い出ってものが無いし・・・・・・。

いや、中村くんの場合は、中山保育園時代の想い出がある!
彼は覚えてないかもしれないが、
私の記憶の中に鮮明に覚えていることがある。
そんなことを話してみよう。

中学卒業から45年。
ここで接点ができるとは。
なんだか不思議な感じ。


さて、残るOくん。
それはまた次の機会に。




2018年11月25日

ラブレーター? from Kくん


同窓会を終えて1ヶ月ほど経ったころ、
A4 9枚におよぶ長文のお手紙が送られてきた。

その送り主が6組のKくん。
中学時代は応援団長だった。

と聞けば名前はわかってしまう。
そう。小池くん。

お手紙の内容は、要約すると
・何故、仕事の合間の忙しい中、同窓会の準備等煩雑なことをやれたのか?
・あなたに興味をもったので、今後も時々連絡を取り合いたい。
というものでした。

あとは他には、ご自分の病気のこと 終活のこともしたためられてあった。

同窓会長については、何度もここでも書いてきたように
特段なことをしたわけでもなく、
自分自身の自己満足を満たすためにやってきたのだ。

同窓生の皆さんこそ、こんなに多く集まっていただいてありがとう!と
思っているのだ。
こちらこそ、感謝なのだ。

そんな私に興味をもってくれるなんて、身に余る光栄なことです。
中学時代、自分のクラス以外の人達は
私のことなんてほとんど知らなかっただろうし、
本当に目立たない、その他大勢の一人だった。

それが同窓会を通じ、同窓生に知れ渡った。
そのとき、皆が感じたのは
「何故、あの人が主催なの?
 船木って誰だっけ?」
だったと思う。

どうして、生徒会長や学級委員長だった彼や彼女じゃないの?

他の学年はどうなのか知らないけれど、
同窓会幹事長って言うと、他の学年では
ほぼ皆が知っている有名な○○君ってのがやっているのかな?

確かに、地味で目立たなかった私の役割りではないよね。

皆さんが不思議に思うのも無理は無い。
だから小池くんの手紙も驚かない。
知りたい、という気持ちも理解ができる。

まあ、この手紙をいただいたお返事が今回の飲み会なわけです。
小池くんからのラブレター(?)へのお返事。
それが12月22日の飲み会なわけ。


じゃ、Nくんは?
それは次回のお話へつづく・・・・・