2018年06月30日

記憶はもっと深く


 全員写真が出来上がり、今、送るために
お一人お一人の住所と名前を手書きし、
コメントもちょっと書き添えている。

中学の時には同じクラスでないと、あまり接点は無い。
が、記憶を辿ると小学校で同じクラスだった
保育園で同じところに通っていた

と、記憶を辿るとどんどんと出てきた。

割と覚えているのが私が通っていた
中山保育園(伊那保育園)の記憶。

実は私は年長の年に名古屋から転校(転園?)してきたので
1年足らずの記憶なのだが、やけにリアルに覚えている。

山組、川組という二つの年長さんの組があり、私は川組だった。
近所に細井真由美さんがおり、真由美さんが川組だったので
同じ組にしてくれたのだ。

山組の男の子達があの頃のテレビドラマの
「ちびっこギャング」そのもののやんちゃ坊主達で
カッコよくて、憧れの眼差しで見ていた。

中山くん、大庭くん、サポ・・・・・・
「オオっ スっザンナ~ 泣くんじゃねえ~♪」
なんて、帰りの時に縦一列縦隊で歌いながら行進してった。
あの頃のまま、そいつらはやんちゃ坊主だったけれどね。

お昼寝用の布団を運んでくれた六波羅布団店のおじさん
(六波羅悦子さんのお父さんだったのかな?)
八百屋をやっていた雨宮くんのお父さん
三編みのリボンが可愛らしかった美恵さんと芳江さん
おっちの家へ遊びに行ったし
大槻自転車屋さんちにも遊びに行った

同じ伊那市内 小学校から中学へ上がり、
同じ顔ぶれがいつも一緒だった。

中には全く同じクラスにならず。接点も無く
お話もしたこともない人もいるけれど、
確かに私の記憶の中に存在している。

大切な記憶の1コマだ。






Posted by みなと at 11:49 Comments( 0 ) 同窓会

2018年06月29日

柿木先生は矍鑠(かくしゃく)として

 今回の同窓会に参加くださった先生3名。

2組の宮沢先生、4組の茅野先生、6組の長沼先生
7名おられた先生方も既に3名の先生が鬼籍に入られている。


今回いらして下さったのは、
5組柿木先生
3組清水先生
7組高見先生
1組の中村新平先生は体調が優れずに欠席された。

あの頃は、先生方は大人だったので年齢差がだいぶあると
思っていたが、実際は私達とは十数歳しか違わなかったのだ。

清水先生、高見先生はまだ70歳代。
少しご病気なところもあるが、まだまだ長生きをしていただきたい。

その中で柿木先生は84歳。
自分達の父親、母親世代と同じ。
だが、矍鑠とされており、ボケてないし、
足元もふらつかない。
ご立派だ。

私は5組で、3年間担任をしていただいた。
5組には何かルールの違反をすると『罰』というものが下された。
ここでも何度か書いているが
グランド10周が一番ポピュラーな罰だった。

そんな罰の話も三次会で盛り上がった。

今なら、大問題になるであろう
手が出る 殴る
そんなのも日常茶飯事だったというクラスもあった。

女子にまでその「手」は下ったようだ。

柿木先生は、そうした「手」はあまり出なかったが、
数度それに見舞われた生徒もいた。
そのシーンは今でも目に焼き付いている・・・・・・。


突然想い出したけれど三次会での話題。

小学校の時、スケートしていて転んで記憶喪失になった山下先生。
あの後、学組は学級疎開をして、他のクラスに散り散りになり
3か月ほど山下先生は治療をしていた。
転んだスケートリンクはどこそこだったとか、
山下先生の住んでいた場所は学校の坂の途中だったとか
という想い出話しでも盛り上がった。



話を元に戻そう。

先生というのは、いつになっても先生だ。
教科を教えてもらうのはもちろんのこと、
人生のこと、生き方のこと、考え方まで教えてもらったような気がする。

「先生のその考え方 間違っている」と、
思うことですら、教えだったと思う。

柿木先生の口癖は
「大物になれんよ。」
だった。

同級生の中に一人、いつもそう言われていた子がいて
しまいには「俺は大物になれなくていい!」と
先生に反発していた。

私もどちらかというと そちら側の人間で、
いつも先生に反抗ばかりしていた。

『罰』なんていうやり方が大嫌いで、
そういうちからで人を抑えるという考え方が嫌だった。
だけれど、罰をくらうようなことをしていた自分がそもそもいけないんだけどね。

そこまで考えの足りない自己中な私は
生活記録帳に先生のやり方に反対 ということを書き、
それに対してまた怒られ、罰をくらった。

そうした鬱屈した毎日が何らかの影響をおよぼし、
今の私を形成したのではと思う。

その時の生活記録帳は全部実家にある。
成績表まである。

そこに先生のコメントが書かれているが
今読むと さもありなん的なことが書いてある。


先生方、いつまでもお元気でいてください。
そしてまた一緒に校歌を歌いましょう!







Posted by みなと at 10:25 Comments( 0 ) 同窓会

2018年06月28日

三次会でディープな話を


 一次会の祝宴に続き、大多数の人が残ってくれ二次会。
それが終わったのが10時前くらい。

会場の片付けを終え、宿泊者は1室に集まり、三次会を開催した。
宿泊者は遠方から来てくれた人と幹事の一部
総勢20名。

皆で車座になり、ビールやチューハイ片手に話の花が咲きました。

尾針くんがやった「伊那中クイズ」の続編。
男子の技術課3年生で作ったものは?

答えは「菊」
何故、木工ではなく、菊なん?と思った。
菊を育てている間は他のものを作ってた?

3年生陸上大会100mの優勝者は?というクイズがあったが
やはりあの答えは 大庭くんではなく、5組の埋橋くんだったのだ。
大庭くんはその時、怪我をしていて万全ではなく、勝てなかったのだ。
そのことは本人からも聞いているので、確か。

バスケ部キャプテンだった織井くんもいたので、
男子バスケ、女子バスケの話しにもなった。
女子は北信越大会まで出たけれど、男子は強かったけれど、
女子よりは・・・・・とか。

野球部で一番センスの良かった人は とか、
サッカーで抜群のセンスの人は とか、
懐かしい名前がばんばん出てきて盛り上がった。

なんだか、学生時代の合宿ノリのようで楽しかった。

夜も更け、12時でおやすみ。

翌朝、皆で朝食を食べ、名残惜しかったけれどその場で解散。



昨日、全員写真が上がりました と書きましたが
今、皆さんに送るべく宛先を手書きで書いてます。

一人一人の名前を書きながら、顔を想い出しています。

幼稚園時代の想い出がある人
小学校時代の想い出がある人
中学時代の想い出がある人

そんな想いをちょっとだけメッセージに書いて同封しますね。
写真が届いたら、それもちょっとご覧くださいな。



(次へつづく)



Posted by みなと at 10:25 Comments( 0 ) 同窓会

2018年06月27日

赤いものコーディネート投票結果

 昨日、全員で撮った写真が上がって来た。

4組の唐澤マーチンがわざわざ塩尻・広丘まで持ってきてくれた。
それを見て、
「わっ! 赤い!!」
と、驚いた。

皆さん赤い服を着てこられたので、全員が写真に写ると
赤が鮮やかに写っている。

この写真、これから宛先を書いて、順次送付しますので、
もう少しお待ちくださいね~。



ということで、今日はその『赤いものコーディネート』表彰の結果を
もう少し詳しくお知らせしますね。

優勝者はケーブルテレビにあるように
4組 唐澤昌宏くん(マーチン) (18票)

赤いつなぎと指にネイルをし、そこには
「伊那中同窓会」と白文字で書いてあった。
なんと、ネイル代7000円也!



実はマーチンはもう一つ赤いものがあったのだ。
ごく一部の人にしか披露はしていなかったが、
パンツ
赤いパンツに可愛いクマさんの絵が描いてあった。

って、なんで私が知っている?
いまだ目に焼き付いて離れません・・・・・・・


そして準優勝者は
司会で頑張ってくれた
3組 大野田清志くん (16票)



実はこの赤いジャケット、幹事会の際に尾針くんがネットで注文したもの。
幹事同志の後押しがあったのよ。


準優勝者二人目は
6組幹事 宮下耕一くん(ゴリ) (6票)

彼は会場を周って、みんなにマジックでつなぎにコメントを
書いてもらってたよね。
そういう地道な努力が実を結んだのです。


さて、賞には漏れましたが
得票された方々を紹介しますね。

次表は幹事長・5組 船木(5票)

マントは自前。これを活かそうと考え、「そうだハリポタだ!」
ということで、角帽を作り、魔法の杖はダンナに製作を頼んだ。

次は5組 埋橋保くん(4票)


2票獲得したのは
2組 雨宮くんと 5組担任 柿木先生


あと、1票づつを獲得した方々のご紹介。

7組幹事 羽場綾子さん
1組 伊藤洋子さん
2組 西村可奈野さん


伊藤さんにはコメントも書いてありました。
「イヤリングがさりげなくて素敵でした」


5組幹事 小松信一くん
6組 唐澤 敏くん
1組幹事 司会アシスタントで頑張ってくれた矢澤令子さん
1組 福澤博くん
1組 久保村満利くん

以上の方々が得票されました。

他の方々も皆さん頑張ってくださり、
とっても派手な、真っ赤な会になり
素敵な還暦のお祝いになりました。

しかし、イマイチ自分の中ではまだ「還暦」というものがピンときてなくて
60歳になる という自覚があまりありません。
(まあ、私は1月来年にならないと60にはならないけれど)
(そんなのも十把一からげですが)

中学卒業してから45年も経つんですね。
感慨深いです。

(次につづく)





Posted by みなと at 11:38 Comments( 2 ) 同窓会

2018年06月26日

何が起きても驚かない の覚悟

 同窓会当日を迎えるまで、約1週間前。

最後の打ち合わせと会場の大芝荘の担当者のところへ行き
最終人員(宴会分、宿泊分)をお知らせした。

宴会場のクラスごとの席順・人数も決め、レイアウト図まで
作成し、渡してきた。

送迎用マイクロバス乗車名簿も作成し、各駅乗車の
責任者も決め、名簿を渡してきた。



その後の数日、来る来る 各幹事さんから出席・欠席のお知らせが!!

毎日、名簿は更新に次ぐ更新。
レイアウト図も毎日描き替え。

キャンセル料が発生するのはぎりぎりまで待ってもらい、
水曜日にしてもらった。

でも、追加のお知らせはついには金曜日、土曜日にまで!

送迎バス乗車についても、乗るのをやめる人、追加の人
毎日、牧田くんと柴くんに変更メールを打ち続けた。

皆さんに受付の際にお渡ししたリーフレット。
内側には参加者の名前とクラスの席順が書いてあったと思いますが
お一人手書きの文字が。

2組の中山くん。
なんと彼は土曜日に出席のお返事をしてきたのだ。
もう、既にリーフレットの印刷は終わり、梱包もし終わっていた。

それを全部開梱し、全部で90部 手書きした。
(ここまでは前日のブログでも書いた)



そしてそして、凄いのは同窓会当日。
もっとすごい事件が幹事達に襲いかかった。

送迎バスが伊那市駅に着き、乗車する人を待っていた。
が、約束の時間を過ぎても数名が来ない・・・・・・・。
伊那北駅でも同様のことが起きていた。

携帯へ連絡してもつながらない。
家に電話したら、まだ家にいた。(家は高遠)
乗車時間を13時と3時と間違えていた。

責任者の牧田くん、柴くんも大混乱。

ようやく大芝荘へバスが着いた時は、二人ともへろへろ状態・・・・。


そして、もっと驚いたことが起きた!
なんと、同窓会の日程を1週間間違えていた人がいたのだ。

その人は宿泊も希望していたので、ダブル・キャンセル。
大芝荘に確認したけれど、既に宴会は89名で準備され、
宿泊もキャンセルは不可。

最終的には89名のところ、2名キャンセルで87名になった。
(もう一人はおじさんが当日朝に亡くなられてやむなく欠席)


宴会が始まるまでに実は以上のことがあったのだ。
逐一、情報が各幹事より私へ報告が来る。
私はもう、何を聞いても驚かなかった。

「何が起きてもあり得ること。驚かんワ。」

私は開き直ると強い。
ちょっとやそっとでは動じなくなる。


宿泊についても、当日急にキャンセルを申し出る人、
こちらのミスで宿泊になっていなかった人、
最終的に誰が泊まる?総勢何名?なのか、
三次会(宿泊者だけ)で点呼してようやくわかったくらい。


そうした裏・同窓会話。
笑えるようで、笑えない。

7年前の同窓会ではこんなことは無かった。
「還暦記念同窓会」だけあって、皆 年を取ったということか。
(というのは前日のブログで言ってるね)


そんな怒涛の波乱含みだった同窓会も
成功で終わることができ、一安心。


当日、伊那ケーブルテレビさんが取材でいらしてくださいました。
同窓会の様子をカメラで撮影してゆかれ、
月曜日のニュース枠で放映されました。

伊那市以外の方はご覧になれなかったので、You tubにアップしたので
ご覧ください。



こんなに長く扱ってくれるなんて、伊那にはニュースが無いのか?(笑)
(伊那ケーブルさんゴメン!)
取材に来てくれたカメラマンの人
高見先生の教え子だったよう。
だから、高見先生をフューチャーしてるのね。

この映像を送ってくれた4組・福沢恵子さんに感謝!
(校歌歌った時の伴奏してくれた)

こうした皆さんの協力があってこその同窓会でした。

(次へつづく)






Posted by みなと at 11:41 Comments( 0 ) 同窓会

2018年06月25日

横断幕作成したのは


 皆さんの記憶が新しいうちに
覚えているうちに、なんとか色々書かなくては
と焦り気味な幹事長です。


宴会会場のステージ上に貼られていた横断幕
覚えてらっしゃいますか?

ちょうど良い正面から写した画像が手元になくてダメなんだけれど
(全員写真の時にはバッチリ入っているので
それを見てね)
それを作成してくださったのは なんと

2組の幹事・小島くんの奥様!!

小島くんの奥様は実は私の高校時代の同級生。
先日の弥生の同窓会幹事に誘ってくれたのも
この奥様(ケタと言います)。
彼女は南箕輪中学出身だそう。
小島くんに同窓会の写真を見せてもらって
自分も中学の同窓会をやりたくなっちゃったそう。

伊那中昭和48年度卒業のマーク
あれって私が7年前に勝手にデザインして作ったマークなんだけれど
それもちゃんと入れて、しかも金色で描いてくれてあった!
ポスカラで塗ったんだって!
素晴らしい!!

感動的な横断幕なのだ。

昨日のブログの切り文字看板
これは文さんなのかな?


実は、宴会場のもう一人の功労者は「文さん」。

今は養護学校の先生をされているようで、
こうした工作を教えているんだとか。

テーブルの上に置かれた各クラス表示の「うちわ」。
あれって文さんが作ってくれたんですよ!

知っていれば持って帰りたかった?
そうでしょう、そうでしょう。
憧れの文さんだったもんね。

他にも色々作ってきてくれていたんですよ。
灯篭のように、中に電灯が入っていて、暗くすると
ぽっと明りが灯る というのもあったんだけれど、
二次会の会場であまりにも料理のお皿でいっぱいになって
披露できなかったね・・・・・・。
ごめんね、文さん。


そうした影の努力、影のちから、支えがあって
大成功をおさめた同窓会だったのです。

本当に幹事の皆さんには感謝です。

ちゃんと、慰労会にはビール お注ぎしますから。






昨日はちょっと淋しいブログを書いちゃったけれど、
今週になって皆さんはご自分の土地に戻り、
自分の仕事に、生活に戻られたと思います。

ちょっと疲れた時、楽しかった同窓会を想い出したい時があったら
このブログを覗きに来て下さい。

ブログ主の私は、ブログを書くために
もう少し同窓会に浸っていねばなりません。
(っていうか、浸っていたい・・・・・)

同窓会の全体写真も少ししたら各個人宛てにお送りしますね。

それと、スナップ写真もGoogle Photoで共有化しますので
できたら皆さんも見られるように設定しますので
もう少しお待ちくださいね~。

(ああ、まだ完全に私は同窓会モードだワ・・・・・・・)

(次回につづく)




Posted by みなと at 14:24 Comments( 0 ) 同窓会

2018年06月24日

パーティーは終わったよ

 1か月前に行われた高校同窓会が終わった時
心がふるえた。
と、感想を書いた。

今回、中学の同窓会を終え、今
なんだかとっても
ココロが淋しい・・・・・・・・。

この違いは何だろう?

高校の時の記憶は実は薄い。
昔のことをメチャクチャ覚えている私もこと高校時代のことになると
記憶が曖昧模糊としているのだ。

だが、中学時代の記憶はそれが映像になっているほど
鮮明でくっきりと心に残っている。

そういった違いもあるのだが、
なんだか時間が経つごとに淋しさが募ってくる。

も少し一緒にみんなといたかった。
話したかった。
この同じ空間にいたかった。

そんな気持ち・・・・・・・・・・・

なんだかココロが空虚になったような感じ。
燃え尽き症候群かなあ・・・?


本当に忙しい、けれど充実した数か月だった。
だけど、もうおしまい。
パーティーは終わってしまったのだ。

後は何を楽しみにすれば良いのだろう?
子供の時のようにクリスマスやお誕生日やお正月を
楽しみにするような年じゃない。

日曜日を楽しみに1週間暮らす?

何かで埋めないといけない。
また楽しい企画を考えないといけない。



(この歌、本当は「あのねのね」が歌っているバージョンが好きなのね)
(でも、無いからこれで)




Posted by みなと at 16:47 Comments( 0 ) 幹事のつぶやき

2018年06月24日

みんな ありがとう~~~!!!

 昨日、そぼ降る雨の中、
『伊那中学校昭和48年度卒業生還暦記念同窓会』
が開催された。

その様子は、これからしばらく少しづつ報告したゆきたいと思います。
今は、昨日の余韻でなんだか心が呆けていて
書くことがまとまりません。

それくらい感動と感激な一日でした。

この気持ちをあまり時間が経たないうちに
忘れてしまわないうちに書き留めねばとおもうのですが、
なかなか何から書いて良いかわからないくらい
たくさんのことがあり過ぎて、まとまらないのです。

昨日の様子は
取材に来て下さった伊那ケーブルテレビさんの
ニュースで放映されます。
日曜日か月曜日か 忘れてしまったのですが、
18:00 19:30 21:00の枠で流れるようです。
是非、参加されなかった方々も雰囲気だけでもご覧ください。

皆さん、「赤いものコーディネート」もしっかり協力くださり、
会場のあちこちには赤いものを見に付けた方々が散見されました。


参加して下さった方々から
「船木さんのおかげ」
「船木のおかげ」
と、口ぐちにおっしゃっていただけましたが
いやいや、感謝したいのは私の方なのです。

「中学の同窓会をやりたい!」
という私のほぼわがままなような想いだけで始め、
それに賛同してくれ、協力してくれた幹事の方々
参加の呼び掛けに応じてくれた方々

「私の想いに載ってくれてありがとーーーー!」
という気持ちでいっぱいなのです。


「いつもブログ見てるよ。」と言ってくれたO君。
あまり小学校、中学校と同じクラスにはならなかったから、
接点も無く、お話もしたこともなかった優等生のO君から
そんなこと言われるなんて、ホント幹事長をやったおかげ。

「小学校の頃から由佳ちゃんは、しっかり自分を持っていた。」
と言ってくれたMさん。
単なるわがままで、自己中で、自意識過剰な子だったのに
過ぎないのに、褒めすぎだって。

「デザインをやってる船木が最初に同窓会をやろうと連絡くれた時に
僕はにんまりと笑ったよ。デザインがこう出たかってね。」
と話してくれたN君。
同じデザインをやっている人間同志だからこそわかる。

まだまだ他にも色々な人と話しをした。
その一つ一つ 忘れないように心に刻んだ。

今日はすみません。
こんな手前味噌的なことばかりになってしまって・・・・・。

同窓会の様子は、また画像が集まり次第
アップしてゆきますからね~。



幹事の一人が作ってきてくれた看板。
すごい!切り文字でできています。
このまま捨てちゃうにはあまりに惜しいので、記念撮影。




5組で記念撮影。
柿木先生(84歳)はまだまだお元気。





Posted by みなと at 12:22 Comments( 0 ) 同窓会

2018年06月22日

ホントかなあ?最後かなあ?


 明日。

今日は1日前なのに、まだ参加者追加があった・・・・・。
なんと、ハガキを出し忘れていたんですと。

まだボケるには早いですよ。

もう既に印刷物は仕上がっている。
手で修正するしかない。
夜鍋仕事だあ~~~。

送迎バスの乗車名簿も修正に次ぐ修正で
いったい誰がどこで乗車するのか
私ですらわからなくなってきている。

今日もまた乗るって言っていた人が乗らないになったし、
もう乗車確認をお願いしているM君とS君に
変更のメールを何度出しているか・・・・・・

前回(7年前)はこんなに修正は無かった。
やはり皆、7歳年をとったということか・・・・・・。

きっと行動が遅くなっているんだろうね。
判断が遅いというか、
まあそれも年齢のせいなのかな、と思ったりもする。

自分も物忘れが激しいし、
さっき言われたこともすぐ忘れちゃう。
困ったもの。

でも、それを許せる年にもなってきている。
お互い様だよね と。



さあ、明日はどうも曇りor雨の予報です。
午後になったら確実に雨模様かな。

でも、心は日本晴れ!
明るく楽しく やりましょう!!




Posted by みなと at 18:19 Comments( 0 ) 幹事のつぶやき

2018年06月21日

明後日だってさ


 同窓会本番 明後日だってさ。

なんだか遠足の前の日みたいにドキドキするね。
晴れたらいいね。


実は、まだ参加人数確定していません。
火曜日あたりにはもう最終かな、と思い
水曜日に会場へ最終連絡入れました。

が、昨夜も追加の参加表明があり会場へ変更のお願いを
せねばなりません。
しかし、こういうこともあろうかと準備はしていたので
大丈夫です!

今現在の参加者は 【88名】です。

まだ変更あるかなあ~・・・・・・・・・・?

毎日、PCを開けるのにドキドキしちゃいます。
(幹事からメールで連絡が来るので)
欠席の連絡はちょっと悲しいけど、
出席の連絡はメチャ嬉しいです!

まだあと2日あります。
都合が付いた という人がいたら即 連絡ください。

赤いもの着て、会場へ駆けつけて下さい!




Posted by みなと at 12:21 Comments( 0 ) 幹事のつぶやき