何が起きても驚かない の覚悟
同窓会当日を迎えるまで、約1週間前。
最後の打ち合わせと会場の大芝荘の担当者のところへ行き
最終人員(宴会分、宿泊分)をお知らせした。
宴会場のクラスごとの席順・人数も決め、レイアウト図まで
作成し、渡してきた。
送迎用マイクロバス乗車名簿も作成し、各駅乗車の
責任者も決め、名簿を渡してきた。
その後の数日、来る来る 各幹事さんから出席・欠席のお知らせが!!
毎日、名簿は更新に次ぐ更新。
レイアウト図も毎日描き替え。
キャンセル料が発生するのはぎりぎりまで待ってもらい、
水曜日にしてもらった。
でも、追加のお知らせはついには金曜日、土曜日にまで!
送迎バス乗車についても、乗るのをやめる人、追加の人
毎日、牧田くんと柴くんに変更メールを打ち続けた。
皆さんに受付の際にお渡ししたリーフレット。
内側には参加者の名前とクラスの席順が書いてあったと思いますが
お一人手書きの文字が。
2組の中山くん。
なんと彼は土曜日に出席のお返事をしてきたのだ。
もう、既にリーフレットの印刷は終わり、梱包もし終わっていた。
それを全部開梱し、全部で90部 手書きした。
(ここまでは前日のブログでも書いた)
そしてそして、凄いのは同窓会当日。
もっとすごい事件が幹事達に襲いかかった。
送迎バスが伊那市駅に着き、乗車する人を待っていた。
が、約束の時間を過ぎても数名が来ない・・・・・・・。
伊那北駅でも同様のことが起きていた。
携帯へ連絡してもつながらない。
家に電話したら、まだ家にいた。(家は高遠)
乗車時間を13時と3時と間違えていた。
責任者の牧田くん、柴くんも大混乱。
ようやく大芝荘へバスが着いた時は、二人ともへろへろ状態・・・・。
そして、もっと驚いたことが起きた!
なんと、同窓会の日程を1週間間違えていた人がいたのだ。
その人は宿泊も希望していたので、ダブル・キャンセル。
大芝荘に確認したけれど、既に宴会は89名で準備され、
宿泊もキャンセルは不可。
最終的には89名のところ、2名キャンセルで87名になった。
(もう一人はおじさんが当日朝に亡くなられてやむなく欠席)
宴会が始まるまでに実は以上のことがあったのだ。
逐一、情報が各幹事より私へ報告が来る。
私はもう、何を聞いても驚かなかった。
「何が起きてもあり得ること。驚かんワ。」
私は開き直ると強い。
ちょっとやそっとでは動じなくなる。
宿泊についても、当日急にキャンセルを申し出る人、
こちらのミスで宿泊になっていなかった人、
最終的に誰が泊まる?総勢何名?なのか、
三次会(宿泊者だけ)で点呼してようやくわかったくらい。
そうした裏・同窓会話。
笑えるようで、笑えない。
7年前の同窓会ではこんなことは無かった。
「還暦記念同窓会」だけあって、皆 年を取ったということか。
(というのは前日のブログで言ってるね)
そんな怒涛の波乱含みだった同窓会も
成功で終わることができ、一安心。
当日、伊那ケーブルテレビさんが取材でいらしてくださいました。
同窓会の様子をカメラで撮影してゆかれ、
月曜日のニュース枠で放映されました。
伊那市以外の方はご覧になれなかったので、You tubにアップしたので
ご覧ください。
こんなに長く扱ってくれるなんて、伊那にはニュースが無いのか?(笑)
(伊那ケーブルさんゴメン!)
取材に来てくれたカメラマンの人
高見先生の教え子だったよう。
だから、高見先生をフューチャーしてるのね。
この映像を送ってくれた4組・福沢恵子さんに感謝!
(校歌歌った時の伴奏してくれた)
こうした皆さんの協力があってこその同窓会でした。
(次へつづく)
最後の打ち合わせと会場の大芝荘の担当者のところへ行き
最終人員(宴会分、宿泊分)をお知らせした。
宴会場のクラスごとの席順・人数も決め、レイアウト図まで
作成し、渡してきた。
送迎用マイクロバス乗車名簿も作成し、各駅乗車の
責任者も決め、名簿を渡してきた。
その後の数日、来る来る 各幹事さんから出席・欠席のお知らせが!!
毎日、名簿は更新に次ぐ更新。
レイアウト図も毎日描き替え。
キャンセル料が発生するのはぎりぎりまで待ってもらい、
水曜日にしてもらった。
でも、追加のお知らせはついには金曜日、土曜日にまで!
送迎バス乗車についても、乗るのをやめる人、追加の人
毎日、牧田くんと柴くんに変更メールを打ち続けた。
皆さんに受付の際にお渡ししたリーフレット。
内側には参加者の名前とクラスの席順が書いてあったと思いますが
お一人手書きの文字が。
2組の中山くん。
なんと彼は土曜日に出席のお返事をしてきたのだ。
もう、既にリーフレットの印刷は終わり、梱包もし終わっていた。
それを全部開梱し、全部で90部 手書きした。
(ここまでは前日のブログでも書いた)
そしてそして、凄いのは同窓会当日。
もっとすごい事件が幹事達に襲いかかった。
送迎バスが伊那市駅に着き、乗車する人を待っていた。
が、約束の時間を過ぎても数名が来ない・・・・・・・。
伊那北駅でも同様のことが起きていた。
携帯へ連絡してもつながらない。
家に電話したら、まだ家にいた。(家は高遠)
乗車時間を13時と3時と間違えていた。
責任者の牧田くん、柴くんも大混乱。
ようやく大芝荘へバスが着いた時は、二人ともへろへろ状態・・・・。
そして、もっと驚いたことが起きた!
なんと、同窓会の日程を1週間間違えていた人がいたのだ。
その人は宿泊も希望していたので、ダブル・キャンセル。
大芝荘に確認したけれど、既に宴会は89名で準備され、
宿泊もキャンセルは不可。
最終的には89名のところ、2名キャンセルで87名になった。
(もう一人はおじさんが当日朝に亡くなられてやむなく欠席)
宴会が始まるまでに実は以上のことがあったのだ。
逐一、情報が各幹事より私へ報告が来る。
私はもう、何を聞いても驚かなかった。
「何が起きてもあり得ること。驚かんワ。」
私は開き直ると強い。
ちょっとやそっとでは動じなくなる。
宿泊についても、当日急にキャンセルを申し出る人、
こちらのミスで宿泊になっていなかった人、
最終的に誰が泊まる?総勢何名?なのか、
三次会(宿泊者だけ)で点呼してようやくわかったくらい。
そうした裏・同窓会話。
笑えるようで、笑えない。
7年前の同窓会ではこんなことは無かった。
「還暦記念同窓会」だけあって、皆 年を取ったということか。
(というのは前日のブログで言ってるね)
そんな怒涛の波乱含みだった同窓会も
成功で終わることができ、一安心。
当日、伊那ケーブルテレビさんが取材でいらしてくださいました。
同窓会の様子をカメラで撮影してゆかれ、
月曜日のニュース枠で放映されました。
伊那市以外の方はご覧になれなかったので、You tubにアップしたので
ご覧ください。
こんなに長く扱ってくれるなんて、伊那にはニュースが無いのか?(笑)
(伊那ケーブルさんゴメン!)
取材に来てくれたカメラマンの人
高見先生の教え子だったよう。
だから、高見先生をフューチャーしてるのね。
この映像を送ってくれた4組・福沢恵子さんに感謝!
(校歌歌った時の伴奏してくれた)
こうした皆さんの協力があってこその同窓会でした。
(次へつづく)